iPS細胞ーからだを再生できるすごい細胞

病気やケガなどで失われたからだの機能をとり戻したい。原因がよくわかっていない難病を治す薬が欲しい……。「iPS細胞」は、そんな願いをかなえてくれる可能性を秘めています。iPS細胞の作製に成功した京都大学山中伸弥教授は2012年、ノーベル生理学・医学賞を受賞。iPS細胞が切り拓く新たな医療の世界への、期待の大きさを物語る出来事となりました。

iPS細胞

4コマ

細胞の時間を巻き戻す

iPS細胞って、いったいどのような細胞なのでしょうか。

私たちのからだは、もともとは1個の細胞、「受精卵」でした。受精卵は何度か細胞分裂を繰り返し、「初期胚(受精後の日が浅い胚)」という、からだのあらゆる部分に変化できる細胞の集合体に成長します。その後、ある部分は皮膚に、別の部分は骨に、神経細胞に……と変わっていきます。

いったんからだのどこかの部位の細胞になり始めたら、ほかの細胞になるようなことはありません。例えば、皮膚になった細胞は、いくら細胞分裂を繰り返しても皮膚の細胞になります。骨や神経など、他の細胞にはなれない"一方通行"なのです。

細胞の時間を巻き戻す

細胞の時間を巻き戻す

時計の針を逆回しにするように細胞の時間を巻き戻し、受精卵のような状態に初期化し、心臓、皮膚、骨、神経、血液など、どのような細胞にもなれる細胞を作り出すことができたら……。失われた臓器やからだの機能を修復させる「再生医療」に応用できるほか、生命が生まれ育つ仕組みを解き明かすことで、新薬や新たな治療法の研究開発にもつながります。

世界中でそのような研究が進められる中、山中教授らは、皮膚などのからだの一部になってしまった細胞に、ある4つの遺伝子を入れて育てると、さまざまな組織や臓器の細胞になれる初期胚の細胞のような能力を持つ、しかもほぼ無限に増やせる細胞ができることを見出しました。これが「人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells)」、略してiPS細胞です。

細胞の時間を巻き戻す

iPS細胞を薬にする

現在、iPS細胞から、目、神経、心臓、血液、肝臓、膵臓、骨などの細胞を作る試みが行われています。2014年9月には、理化学研究所などのチームが世界で初めて、目の難病「加齢黄斑変性(かれいおうはんへんせい)」の患者にiPS細胞から作った細胞を移植する手術を行いました。

この手術で使われたのは、患者自身のiPS細胞から作った目の組織でした。自分の細胞が大もとになっているので「自家移植」と呼びます。とても意義深い治療法ではありますが、いわばオーダーメードの治療法のため、時間も費用もかかります。

そこで、iPS細胞からあらかじめ組織や臓器の細胞を作っておき、病気やケガをした人の"薬"として使えないかという研究も進められています。誰か(=他人)のiPS細胞から作った細胞を使うので「他家移植」と呼びます。

現在、視力を失っていく目の病気の治療や、事故などで損傷した脊髄(せきずい)の神経細胞を修復させるための細胞作り、輸血用の血液不足を補うための血液成分を作る試みなど、他家移植の研究がいくつも進行しています。

他家移植では、自分以外の細胞を異物ととらえて排除しようとする「拒絶反応」を起こさない工夫が必要です。人間の細胞は、免疫学的にいくつかのタイプに分けられることが分かっているので、タイプごとのiPS細胞をストックしておき、そこから移植用の細胞を作り、拒絶反応をなるべく起こさないようにしよう、という工夫がなされています。

難病に悩む患者さんに朗報ね

自家移植と他家移植

スコッピィ:iPS細胞は創薬の星!

iPS細胞を薬の研究開発に生かす

iPS細胞は、新薬の研究開発にも大いに役立ちます。大きく分けると使い道は2つ。1つは、薬の有効性や安全性を確かめる試験に使うこと、そしてもう1つは、難病の治療薬を見つけるために使う、というものです。順を追って見ていきましょう。

スコッピィ:iPS細胞は創薬の星!

その1:薬の有効性・安全性を確かめる

世の中に薬が登場する前には、有効性や安全性を確かめるために、いくつもの試験が行われます。試験管などの器具の中で動物や人の組織を用いてin vitro試験(「in vitro」とは、ラテン語で「ガラス容器の中で」を意味する言葉。人工的に作られた環境の中で実施する試験のことを指します。)を行い、動物にはどのように作用するのか、人ではどうか……と調べていきます。

人の細胞にどのように作用するか、あらかじめin vitro試験で十分に確認できればいいのですが、それには限界があります。薬の研究開発に使うために、人の心臓や肝臓の細胞をとってくるなんて、簡単にできることではないからです。

そこでiPS細胞の出番です。例えば、iPS細胞から、人の心臓の筋肉の細胞を作ったり、肝臓の細胞を作ったりして、それらを用いて調べることで、薬の成分がどのように作用するのか、安全性に問題はないかなどを確認することができます。

iPS細胞を使って薬の候補を絞り込む

その2:難病の治療薬を見つける

世の中には原因不明の病気がたくさんあります。その背景には、もともと生まれ持った遺伝的な要因が隠れていることが少なくありません。代表例が、神経細胞が弱ったり、死んでしまったりして正しく機能しなくなって起きる「神経変性疾患」と呼ばれるものです。ALS「筋委縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)」、パーキンソン病、アルツハイマー病などがあります。

これらの病気になった患者からiPS細胞を作り、神経細胞を作ってみると、病気の患者と同じような性質をもつ異常な神経細胞が作られることがあります。この細胞に新薬の候補となる成分を作用させ、正常な人と同じような性質をもったかどうかを確認すれば、病気の症状を改善する効果はあるのか、副作用はないのかといったことが調べられるので、新薬の候補を絞り込みやすくなります。

このように、iPS細胞を活用して新たな治療薬を創り出すことに国も注力していて、その1つとして産官学(産業界と国や地方自治体等の行政機関と大学などの研究機関)の連携プロジェクト「疾患特異的iPS細胞を活用した難病研究」があります。このプロジェクトは、iPS細胞を活用して神経分野、循環器分野、骨・軟骨・筋肉分野、血液分野の難病の治療薬を創り出すことを目的としており、当社もこのプロジェクトに積極的に参加しています。

治らないと思われていた病気が治る病気になる。iPS細胞を用いた薬や治療法の研究開発は、難病に苦しむ患者を1人でも減らすために、日々進化を続けています。

iPS細胞を使って薬の候補を絞り込む

2コマ
コラム

iPS細胞から目的の細胞や組織、臓器を作るには?

iPS細胞から目的の細胞や組織、臓器を作るには?

さまざまな組織や臓器になる能力を持つiPS細胞ですが、例えば「目の細胞にしたかったのに、心臓の細胞ができてしまった!」ということはないのでしょうか。

そもそもiPS細胞というのは"成長したがっている卵"のような存在と言えます。放っておくと、からだのどこかの細胞に変化しようとするため、まずは「おとなしくしていなさい!」と細胞分裂を抑えるたんぱく質と一緒にしてあります。

目的の細胞を作る際は、この細胞分裂を抑えるたんぱく質を取り除き、目的の細胞にするために外から遺伝子を細胞に入れたり、化合物やたんぱく質を加えたり、特別な条件で細胞を育てる必要があります。全部が目的の細胞になってくれるわけでもないのですが、目的の細胞を効率よく作り、より分けるための研究も進められています。目や心臓の細胞は、かなり純度の高いものが作れるようになっています。


ES細胞の研究が土台に

どのような組織や臓器にもなれる可能性を持つ細胞が作られたのは、iPS細胞が初めてではありません。山中教授らがマウスのiPS細胞の作製を発表した2006年から約四半世紀前、1981年に報告された「ES細胞」が初めてです。iPS細胞から目的の細胞へと育てるノウハウも、ES細胞を用いた過去の研究などを土台に積み重ねられてきました。

ただしES細胞は、本来命あるものに成長するはずの初期胚から作られます。研究や医療の発展のためとはいえ、倫理面を問題視する向きもあります。

iPS細胞から目的の細胞や組織、臓器を作るには?

ヒトiPS細胞から作った神経細胞(上)と網膜組織(下)

ES細胞から作製した心臓の細胞ってドキドキしてるっ


これはヒトiPS細胞から作った神経細胞(上)と網膜組織(下)です。
上の写真では、細胞同士が細い神経線維(細長い突起)でつながっているのがわかります。これはiPS細胞から作った神経細胞も脳内のように神経回路を作ることができることを示しています。
下のiPS細胞から作った網膜では、たくさんの細胞でできている層構造になっているのがわかります(それぞれの層がわかるように色を付けています)。これはiPS細胞という一種類の細胞が増えて網膜にある何種類もの細胞に変化し、本当の網膜と同じような構造を作れることを示しています。このように、iPS細胞から作った細胞も私たちのからだの中の細胞と同じように、脳や眼といった器官になろうとする性質を持っています。

ヒトiPS細胞から作った神経細胞(上)と網膜組織(下)

ES細胞から作製した心臓の細胞ってドキドキしてるっ

iPS細胞から目的の細胞や組織、臓器を作るには?

これはヒトiPS細胞から作った神経細胞(上)と網膜組織(下)です。
上の写真では、細胞同士が細い神経線維(細長い突起)でつながっているのがわかります。これはiPS細胞から作った神経細胞も脳内のように神経回路を作ることができることを示しています。
下のiPS細胞から作った網膜では、たくさんの細胞でできている層構造になっているのがわかります(それぞれの層がわかるように色を付けています)。これはiPS細胞という一種類の細胞が増えて網膜にある何種類もの細胞に変化し、本当の網膜と同じような構造を作れることを示しています。このように、iPS細胞から作った細胞も私たちのからだの中の細胞と同じように、脳や眼といった器官になろうとする性質を持っています。


iPS細胞から目的の細胞や組織、臓器を作るには?
 

ES細胞から作製した心臓の細胞


これはマウスのES細胞を用いて作られた心臓の細胞です。休むことなく拍動を続けています。このように、ES細胞から作製した細胞は、本来持つべき機能をちゃんと獲得しているのです。

国や研究機関、他企業とともに再生医療分野の研究開発に挑戦する

iPS細胞を活用した再生医療分野における研究開発については、世界中で競争が激化しています。我が国は、世界に先駆けてiPS細胞を病気の治療に応用できるよう、その研究開発を加速させるために、さまざまなプロジェクトを展開しています。

その1つに、「再生医療実現拠点ネットワークプログラム」があります。このプロジェクトは、iPS細胞を病気の治療に使うことを見すえた研究開発を行うことはもちろん、我が国のiPS細胞関連産業(再生医療、創薬、細胞の製造など)の育成をも目指しています。

このように、国をあげて再生医療に関する研究開発、産業の育成を推し進めるという取り組みに対し、国内外から大きな期待と関心が寄せられています。

住友ファーマは、iPS細胞が登場するずっと前、1980年代から再生医療分野での研究開発に取り組んできました。以前は「一度傷ついた神経細胞は再生しない」というのが通説でしたが、「神経細胞の再生は可能では?」との仮説が出てきたのが、研究を始める発端となりました。

当社は現在、他家移植によってiPS細胞から作った目や神経の細胞を"薬"として使う再生医療の研究開発を推し進めています。

理化学研究所、慶應義塾大学、京都大学iPS細胞研究所などの研究機関、この分野で先進的な取り組みを行う他企業などとも連携し、加齢黄斑変性や網膜色素変性、パーキンソン病、そして脊髄損傷などの難病の克服に向け、iPS細胞を用いた新たなイノベーションの創出に取り組んでいます。

いまだ満たされていない医療ニーズに応えるべく、iPS細胞を用いた「くすりの挑戦」は続きます。

患者さんのために日々、新たな研究開発に取り組んでいます!