初めの一歩
薬ができるまでの、長い道のり Vol.1

身の周りにある薬たち

体調が悪くなったら薬を使い、症状が治まるのを待つ。そして普段通りの生活に戻る。もはやそれは“当たり前のこと”のように感じているかもしれません。でも、もしも適切な薬がなかったら?

 

今ではたくさんの薬が開発され、多くの病気が薬で治せる世の中になりました。日本で使える薬の数は、医師の診察のもとで出される「処方薬」(医療用医薬品)と薬局で薬剤師に相談して選ぶ「市販薬」(要指導・一般用医薬品)を合わせると、約2万5000品目(参考:おくすりQ&A 病院の薬、薬局の薬)におよびます。

しかしそれでも、重い病気にかかり、適切な薬がなくて困っている人はたくさんいます。新しい感染症など、人類がこれまでに経験したことがない病気が出てくることもあるでしょう。新しい薬の研究開発に、終わりはありません。

薬がなくて困っている人のもとへ、少しでも早く新薬を届けたいところですが、新薬の研究開発というのは、とてつもなく長い時間とたくさんの労力、莫大な費用を必要とします。

初めの一歩、薬のもと探し

まず、どうして病気になってしまうのか、病気を進行させるものは何か……といった、病気の仕組みを明らかにして、薬のターゲットを見定める必要があります。

「どうやら、ここがあやしい」と目星をつけたら、そこに作用する薬の“もと”となる物質を探します。今では多くの製薬企業や研究機関が薬の候補になりそうな化合物の情報を集めた「化合物ライブラリー」を持っていて、薬の候補となる化合物(以下「候補化合物」)を絞り込んでいきます。

候補化合物1つ1つについて、期待する効果があるか、安全性に問題はないか、ターゲットに届けられるのか……など検討するのは、途方もなく大変な作業。そこで精度よく短期間で候補化合物を絞り込むために、ハイパフォーマンスコンピュータを用いての検討も行われています。

1枚目:化合物ライブラリーには、たくさんの化合物を保管している。 2枚目:ロボットで目的の化合物を取り出しているところ。

薬が完成するまでには、長い年月と膨大な費用が必要なのね!

成功確率3万分の1

その後も長い道のりが続きます。試験のために人工的に育てた細胞、動物を使い、有効性や安全性などを調べる「非臨床試験」を行い、さらに候補を絞り込みます。非臨床試験を通過したらいよいよ、実際にヒトで有効性や安全性を確認する「臨床試験」へと移行します。なお、ヒトを対象とする試験のうち、薬として厚生労働省に承認を得るために行う臨床試験を「治験」と呼びます。治験について詳しくは、次々回、Vol.3で紹介します。

有効性、安全性など、すべてにおいて問題がないことが確認できたら、製薬会社は厚生労働省に「薬として製造・販売を行いたい」という申請を出し、認められたらやっと薬の誕生です。

候補化合物のうち、実際に薬になるのは約3万分の1※。研究開発を始めてから薬の誕生までには、実に9~17年の月日を必要とします(下図)。各製薬会社は年間に数百億円から1000億円以上※もの研究開発費を投じて、薬の研究開発を進めています。

※参考:日本製薬工業協会:DATA BOOK 2015

薬が完成するまでには、長い年月と膨大な費用が必要なのね!

新薬開発の道のり

道のりは険しく、世界を見渡しても新薬を世に送り出せる国は数えるほどしかない中、日本は2019年世界売上上位100品目のうち、9品目を創製しており、世界第3位(下グラフ)。特に、近年話題の再生医療分野においては、世界をリードする存在と見なされています。適切な薬がなくて困っている人が1人でも少なくなるように、新薬の研究開発は続きます。

医薬品創出企業の国籍別医薬品数

日本の新薬開発は スコッピィ:世界をリードしています。

解説

ゲノム創薬

ゲノムって遺伝情報のことだよ。人はもちろん、動物や植物、微生物も、それぞれに固有のゲノムがあるんだ。その生物の、いわば設計図だね。

ゲノムを調べて、病気に関係しそうな遺伝情報を見つけ出し、その遺伝情報から作られるたんぱく質などが分かれば、これが薬のターゲットになるんだ。薬のもとになる候補化合物を絞り込むのに役に立ち、新薬開発のスピードアップにもつながるよ。

これまでに見出されなかった、新しい効き方をする画期的な薬も作れるんじゃないかと期待されているんだ。

将来的には、患者さんごとの遺伝情報をもとにした、個々人にぴったりと合う薬を創るという、オーダーメードの薬も可能になるかもね。

ゲノム創薬
コラム

ペニシリン発見の偶然

病気の原因菌を退治する抗菌薬の元祖と言えるのは、今からおよそ90年前の1928年、イギリスの細菌学者、アレキサンダー・フレミングが発見した「ペニシリン」です。

ペニシリンはカビの1種「アオカビ」が作り出す強い殺菌力を持つ物質ですが、フレミングはカビの研究をしていたわけではありませんでした。細菌で感染する病気の研究のため、栄養を含む培養液を流し込んだプレートでいろいろな細菌を育て、その作用を調べていました。何年もの月日と、のべ何千枚というプレートを費やし、日夜研究にいそしんでいたようです。

1928年、夏のある日のことでした。使ったプレートは、再利用するためにいったん消毒液につけてから洗うのですが、その時フレミングは、たまたま手にした1つのプレートにカビが生えているのを見つけました。このプレートにはまだ消毒液が付いていませんでした。細菌を育てるためのプレートにカビがまぎれ込んでいたというのは、細菌の研究においては“実験失敗”と言えますが、このときフレミングは気がついたのです。カビが生えている周囲だけ、細菌が消えていることに!

細菌が育つのを邪魔する物質をカビが作っているのではないか? そう考えたフレミングの研究対象は、細菌からカビへと移りました。

ペニシリンの発見は、偶然の連続だったとされます。プレートに混入したカビがペニシリンを作る種類のもので、その作用が強力なものだったこと。その夏の天候や室温が、カビが育つのに適していたこと。たまたまフレミングがそのプレートを手にし、それにはまだ消毒液がついていなかったこと……。

10年ほどたってから、別の2人の学者がペニシリンを患者さんの治療に使い、劇的な効果を確認。その後ペニシリンは、「奇跡の医薬品」として多くの命を救うことになったのです。フレミングは1945年、この2人とともにノーベル生理学・医学賞を受けました。

ペニシリンは現在も、肺炎や子どもに多い喉の病気「溶連菌感染症」をはじめとするさまざまな感染症や、傷の治療などに用いられています。

参考:モートン・マイヤーズ著、小林力訳:セレンディピティと近代医学:中央公論新社:76-103, 2010

ペニシリン発見の偶然
 

監修:加藤哲太(日本くすり教育研究所代表)