麻薬取締官
これも薬に関する仕事 Vol.1

 

麻薬取締官の仕事とは?

法律で使用を禁じられている薬物の売買や、医療用の麻薬などの不正使用や横流しを取り締まる麻薬取締官。捜査を行い、容疑者を逮捕することもあるので警察官みたいですが、厚生労働省の職員です。「麻取(マトリ)」、「麻薬Gメン」などと呼ばれることもあります。全国12の主要都市にある厚生労働省の出先機関、厚生局の麻薬取締部というところに所属しています。現在、全国には約300人の麻薬取締官がいて、半数以上が薬剤師の資格を持っています。

麻薬って何?

麻薬取締官の具体的な仕事内容を紹介する前に、そもそも麻薬とは何なのかに触れておきます。麻薬は痛みの感覚をまひさせて心地よい気分に導く作用を持つものの、一度手を出すと麻薬なしではいられなくなってしまうこともある依存性の高い薬物です。

「麻薬は悪いもの」というイメージを持っているかもしれませんが、医療の現場で苦痛をやわらげる薬として使われているものもあります。問題なのは、医療目的以外で医療用の麻薬や心の病気の治療に用いられる向精神薬(睡眠薬や抗うつ薬、抗不安薬など)を使うことです。ほかにも覚せい剤、大麻、危険ドラッグ、シンナーなどの使用も問題になっています。麻薬をはじめとするこれらの薬物を、以下では「規制薬物」と呼びます。

規制薬物を不適切に使うことを「薬物乱用」と呼びます。乱用というと何回も何十回も使うことを指すみたいですが、一度でも使えば薬物乱用です。

どんな仕事をするの?

麻薬取締官の仕事の柱となるのは捜査です。規制薬物の密輸や密売を取り締まります。収集した情報や一般からの通報などをもとに、売買が行われていそうな場所に張り込む、容疑者を尾行するといった警察官と同じような仕事もしますが、麻薬取締官だけに許された「おとり捜査」を行うこともあります。麻薬取締官という身分をかくして密売人に近づき、規制薬物を譲り受けることで、動かぬ証拠を得て密売人を逮捕します。

規制薬物は持っているだけでも違法になる場合があります。容疑者の家の中を強制的に調べる、容疑者の尿を採取して規制薬物を使っていないか調べるといった「強制捜査」も行います。規制薬物ではないかと疑われるものがみつかったらその場で簡単な検査をして、規制薬物であることが確定したら容疑者を逮捕します。薬物犯罪の全容を明らかにするために、逮捕した容疑者から詳しく話を聞く「取調べ」を行い、その後容疑者は裁判にかけられたりします。

密売人がインターネットの掲示板などを利用して購入希望者を探すこともあるので、疑わしい書き込みがないかなどを調べるインターネット上での捜査も大切な仕事の1つです。また薬物乱用は日本だけの問題ではなく、世界各国に共通する問題でもあります。海外の関係機関とも協力し合い、薬物乱用を「撲滅」するために国際的な規制薬物密売組織の「壊滅」を目指します。

捜査以外の仕事は?

捜査課で捜査に携わる人が多くを占めますが、以下の仕事を担当する人もいます。

監督・指導

病院や薬局、製薬会社などへ行き、麻薬や向精神薬が医療や研究目的で適正に使用さているか、紛失はないかなど帳簿や処方せんなどを見てチェックする「立入検査」を行います。不正使用を防ぐための助言もします。「医療関係者が不正に使用した、横流しした」といった情報があれば、捜査に切り替えて対応することもあります。

鑑定

押収した物質が規制薬物かどうかなどについて、最新の分析機器を駆使して調べます。規制薬物を使ったかもしれない容疑者の毛髪や体液などを分析し、どのような薬物を使っていたのか明らかにします。薬物に関する専門性の高い知識と技術が必要とされる仕事です。

啓発・相談

未成年が興味本位で規制薬物に手を出さないように、小・中・高校に出向いて「薬物乱用防止教室」を行うこともあります。薬物乱用者の家族や友人からの相談や一般からの通報への対応、薬物なしではいられない状態にある「薬物依存者」が立ち直るための支援プログラムも実施しています。

プロフェッショナルインタビュー Vol.1 麻薬取締官

人の心も体もダメにする、薬物犯罪をなくすのが使命です

厚生労働省関東信越厚生局麻薬
取締部
E・Eさん(30代・女性)

どうして麻薬取締官になったのですか。

病院薬剤師を目指して薬学部の大学院まで進みましたが、薬剤師以外の選択肢も考えてみようと進路を見直したとき、麻薬取締官に思いあたりました。ドラマの影響もあるかもしれませんが、警察のような仕事もできたらおもしろいかなと。また捜査ばかりではなく鑑定や立入検査など、さまざまな仕事で薬学の知識が生かせるところに魅力を感じました。

捜査ではどのようなことを行いますか。

聞き込みや容疑者の尾行、薬物が売買されていそうな場所で待機して見張る「張込み」など、地道ですが入念に捜査します。容疑がかたまって強制捜査を行うときは、容疑者の家の近くで家から出てくるのを粘り強く待ちます。2~3人のチームで動きますが、食事はコンビニなどの弁当が多くなりますね。車中に1泊、2泊することもあります。容疑者が家の中にいることがわかっていてもドアのチャイムは鳴らしません。チャイムを鳴らしても出てこない場合もありますし、気が動転して隣の建物に飛び移るといった危険なことをされてはいけないので。

強制捜査の現場はどのような様子ですか。

容疑者の身柄を取り押え、薬物を注射したあとに残る傷(注射こん)を調べたり、尿検査を行ったりします。規制薬物を持っていないか、室内にないか、使用済みの注射器はないかなども調べます。疑わしいものが見つかればその場で簡易的な検査を行い、規制薬物であることがわかったら容疑者を逮捕します。

薬物乱用者は正気を失っている場合が多いので、身柄を取り押えるのも大変です。ものすごく小柄でとてもやせ細った女性なのに、女性の麻薬取締官3人がかりで取り押えるのがやっと、ということもありました。

身の危険を感じることはないのですか。

暴力団の事務所に行くようなときは、先輩の麻薬取締官は念のため拳銃を持っていきますね。防弾ベストや防刃ベストを着ていくこともあります。今のところ命の危険にかかわるような経験はありません。また麻薬捜査部では、「逮捕術」という訓練を週1回、2時間ほど行っています。ちなみに私は大学時代に合気道をやっていました。

どういう人が麻薬取締官に向いていますか。

体力はもちろんですが精神力も強い人、そしてやはり薬物に関連する犯罪をなくしたいという使命感がある人でしょうか。薬学の知識以外に法律のことも学ばなくてはなりませんし、逮捕術の訓練もありますが、それは麻薬取締官になってからの努力で何とかなります。あまり目立たないというのも重要かも。捜査のときは基本普段着で“どこにでもいる人”に見えるように心がけています。

薬物乱用者をたくさん見てきて、思うことは。

薬学部でも規制薬物のことは勉強したのですが、今の方が何倍も何十倍もそのこわさを実感しています。規制薬物は本当に人の心も体もダメにしてしまうのだなと。逮捕したとき、みんな言うんですよ「いつでもやめられた」と。でもまた手を出してしまう。一度やってしまうと完全に規制薬物から離れるのは本当に難しいのです。

また規制薬物に手を出す人は暴力団関係者などの特殊な人たちばかりではありません。大金持ちもいれば生活保護を受けている人もいるし、普通に企業に勤めている人も未成年も。自分の子どもが規制薬物に手を出したことを知った親たちのショックはものすごく大きくて、見ていられないほどです。だから私たちは、薬物乱用者やその家族が立ち直るための手伝いもします。裁判が終わったあとや刑期を終えたあとなどに面会して、逮捕された当時のことを思い出してもらい、二度と手を出さないためにはどうしたらいいかなどについて話し合います。たくさんの薬物乱用者を見てきた私たちだからこそできる予防・啓発の仕事です。

1日の仕事スケジュールE・Eさんの場合(通常)

  • 8:00

    出勤、内偵捜査(容疑者に気づかれないように捜査)、事務仕事、同僚の補助や後輩の指導

  •  

    合間を見て食事

  • 20:30
    ~22:30

    退勤
    情報収集(規制薬物が売買されていそうな飲食店などに行くこともある)

1日の仕事スケジュールE・Eさんの場合(強制捜査の日)

  • 9:00

    出勤、出発、張込み開始

  •  

    交代で食事をとる

  • 17:00

    強制捜査開始、任意の取り調べや採尿、逮捕、裏づけ捜査など

  • 翌日
  • 2:30

    職場に戻る、仮眠をとる

  • 7:30

    起床、朝掃除、退勤

監修:亀井美和子 (帝京平成大学薬学部教授)