倍以上の学習効果も。“実地訓練”の困難さを乗り越える、VRを活用した医療トレーニングの最新事例

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イメージ画像:VRを使用した研究

医療従事者にとって、「教育」はつねに難題として付きまといます。人命を預かる責任がある以上、十分な訓練を受けてから実地に出ることが望ましい一方、座学で行えるシミュレーションには限界があります。

従来のように「手術室にへばりついて上司の手術を飽きるほど見る」ことで徒弟制的に手術の技能を高めていくスタイルでは、難易度が上がりつつある最新の医療への対応が難しいという、現役医師からの提言も出てきています1)

しかし、VRに関するテクノロジーは、その突破口となるかもしれません。VR空間上で手術のシミュレーションを執り行うことができれば、実際の手術を経験する前に、人命へのリスクを一切与えず、何度も繰り返し“練習”することが可能になるでしょう。本記事では、VR技術が医療教育にもたらす変化の可能性を、最新事例を紹介しながら探ります。

次々と実証される、VRの教育効果

イメージ画像:VRを活用し現況する生徒たち

VR技術が教育にもたらす効果は、さまざまな実証実験で証明されつつあります。

米カリフォルニア大学(UCLA)の調査によると、VRを用いた手術トレーニングは従来のトレーニングの2.3倍の学習効果を示したといいます2)※1。さらに、VRヘッドセットを利用することで、PCを利用した場合と比べて、記憶の正確性が8.8%高まったと示す研究もあります※2

また、PwCの調査によると、リーダーシップのようなソフトスキルの習得にも、VR技術が有効だと示されました。VRトレーニングの所要時間は、講義形式のわずか4分の1で済み、講義後、自分の行動への自信は275%増加。コンテンツへの心理的な結びつき(感情面での没入)は講義形式の3.75倍、学習への集中度合いはEラーニングの4倍、講義形式の1.5倍になったといいます3)

VRは技術コストが高い印象も受けますが、その問題も解決されつつあります。学習コストは利用者が375人で講義形式と同等に、1,950人でEラーニングと同等になるということです。学習者の規模が3,000人であれば、講義形式に比較して52%も優位。企業向けのVRシステム一式を1,000ドル(約10万7,000円)以下で揃えることもでき、さらにVRのセットは繰り返し利用可能。ソフトウェアのパッケージを使えばVR開発者でなくてもオリジナルのコンテンツ作成が可能とのこと4)

医療トレーニング用のVRプロダクトも登場

イメージ画像:VRサービスによる医療トレーニング

実証実験のみならず、医療トレーニングに寄与するプロダクトも登場しはじめています。

「Osso VR」が、新たなる医療トレーニングを可能にする

カリフォルニア州パロアルトを拠点に、VRを活用した医療訓練コンテンツを提供するOsso VR5)は、トレーニング用のVRコンテンツを制作。血管外科手術の説明ビデオからロボット手術のトレーニングまで、さまざまなコンテンツを作っています。

共同創業者 / CEOのジャスティン・バラッド氏によると、Osso VRを活用することで、外科医は最新の医療技術を素早く習得し、合併症のリスクも減らすことが可能になるとのことです6)。実際、従来のトレーニング方法と比較して、Osso VRでトレーニングを受けた外科医の総合的なパフォーマンスは230%向上し、手順速度は20%向上、正常に完了した手順数は38%増加したことも報告されています※1

フェイスブックの一部門であるOculus VRが開発する、Oculus Questヘッドセットを使用。20カ国、20の教育病院に配備されており、月間で1,000人を超える外科医が利用しています。また、アメリカの製薬会社 / ヘルスケア企業であるアボット7)も、心臓カテーテル検査・治療のトレーニング用VRの開発に取り組んでいるといいます8)

NHSによる支援プログラムにも導入された「OMS Medical」

イギリスでも、VRを活用した医療トレーニングの可能性が積極的に探求されています。ヘルスケアスタートアップのOxford Medical Simulation9)は、医療教育プラットフォーム「OMS Medical」を開発。救急医療、小児医療、メンタルヘルスなど、さまざまなジャンルのプログラムを数百種類提供しています。

2019年には2つの病院で、糖尿病患者の緊急処置をテーマとした同社のVRトレーニングを試験的に導入しました 10)。これは先ほども触れたイギリスの国民保健サービス・NHSによる支援プログラムの一環で行われており、国家的な注目度の高さが伺えます。

その後、着々と利用者は増加し、2020年4月時点で50以上の組織、17,000人以上の学習者が登録しているとのこと11)。新型コロナウイルス感染症によるパンデミックに際しては、ロックダウン下においても医療従事者が必要なトレーニング機会を得られるよう、VRプラットフォームの一部を無償提供しました。

実地訓練が難しい領域こそ役立つVRトレーニング

2021年現在、VR技術はゲームをはじめとしたエンタメ領域で活用されるケースが多いです。しかし、国内でもN高等学校とS高等学校(設置認可申請中)において、最新のVR技術とデバイスを活用した体験型の学びができるコースを2021年4月よりスタートすることが発表される12)など、教育領域での活用事例が出てきています。

とりわけ従来は実地トレーニングが難しかった防災訓練などの分野では、解像度の高いシミュレーションが可能なVR技術の果たす役割は大きいでしょう。生身の身体とかかわる「医療」も、実地トレーニングが難しい領域の代表例。本記事で紹介した事例を皮切りに、これからますますVR活用が進んでいくことが期待されます。

経験の少ない医師でも、手術の精度が高まり、ミスが減るのはもちろん、最新技術を適切に活用できることで、合併症の誘発リスクも下げられます。また、基礎的な技術習得にかかる時間が減ることで、さらに高度な医療技術の学習・訓練に割く時間も増やせるようになるでしょう。VR活用が進むことで、医療技術全体の水準が底上げされていくポテンシャルを秘めているのです。

<出典>

  • ※1J Surg Educ Randomized Trial of a Virtual Reality Tool to Teach Surgical Technique for Tibial Shaft Fracture Intramedullary Nailing Journal of Surgical Education(Volume 77, Issue 4, July–August 2020, Pages 969-977)
  • ※2Krokos, E., Plaisant, C. & Varshney, A. Virtual memory palaces: immersion aids recall. Virtual Reality 23, 1–15 (2019). https://doi.org/10.1007/s10055-018-0346-3

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